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人生の様々なことで悩んでいるかもしれない人へ

現代社会には何かを頑張らなくてはならないという風潮がある。
私もそれで精神的な危機というか軽い鬱状態を何度も経験している。
しかし結論から言うと、実際には何もしなくても生きていくこと自体は可能である。
少なくとも私は生きている。まぁ家庭の財産に頼っているところもあるので、手放しに正当化することはできないのだが。
とはいえ、頑張ることで疲れている人や、履歴書などを書く際に「私には何もとりえがない」と悩んでいる人には、いろいろなことを言える。
視野が広がる面もあるかもしれないので、以下の文を読んでブレイクした方がいい。皮肉が多過ぎて余計疲れるかもしれないけど(苦笑)。

つまりこうである。
思うに、社会が何かを頑張ることを要求するのは、そうすることで人々が絶えず働き続ける(*1)ことが可能になるからである。
すなわち、良くも悪くも社会を存続(*2)させるということが最初の前提になっているため、
それを達成するために「頑張ることはよいこと」というある種のステータスを作る必要があるわけである。
ただそれだけで、別に深い意味や崇高な義務(*3)が存在するわけではない。

これは当たり前のことで、もし「頑張らなくてもいいよ」ということを親や先生、国家などが認めてしまうと、
ほとんどの人間が働かなくなってしまうおそれがある。
それでは社会(国家)の存続が事実上、不可能になり、組織は破綻する。
また、家庭レベルでみても、現実的に働かないとお金がないという人が大多数なので、
必然的に意味も分からず「何かに夢中にならなくてはならない」というステータスが必要になる。
「そう思わないとやってられない」というところもあるのだろう。
会社も同じで、「頑張らなくてもいいよ」で生産性を上げるのは容易ではない。
やはり何かを頑張っている人の方が堪え性があるという傾向があるため、結果として趣味や特技にそういった趣旨のものを求める風潮になる。


だが今この文を読んでいるあなたは、少なくとも精神的には、そこから解放される。
私の文でだいたいの全体像を掴めたあなたは、もはやそんなくだらない「社会の存続」という命題一つのために、
自分の人生が支配されるのは嫌だと感じてくるからである(*4)。

無論、変えられない現実が目の前にはいろいろあるが、
そんな社会の仕組みが糞みたいなゲームに過ぎないということが超越的な視点では分かる(*5)。

そこには知る喜びがまだあるのではなかろうか。

かの生きる伝説のニート、ニートスズキは次のようなことを言っている(詳しくはこちら)。
みんな心にニートを持つべき
実際にニートになる、ならないは別として、心にはそういうゆとりを持っておけ、ということである。

残念ながらこのような小さなブログでは、浮世離れしたことをのたまったところで、社会に訴える効果は小さい。微々たるものである。
はっきり言って私は何一つ建設的な解決方法を有しておらず、淡々と全体の現状を述べることしかできない。
私は生きるが君達は死んでいる。そのことも素直に言っておく。

ただ、「何か日本(この世)は変だ」と思っている人は非常に本能が鋭い人である。
何も変えてやることはできないが、同意はする。「同じことを考えている人はいるんだよ」というフォローならできる。
強いていえば「死なない程度に何かを継続する術を覚えよう」というところであろうか。

無責任ではあるが、「いい待遇だ」と言って雇ってから人を裏切るブラック業界に比べれば、私の方が真実を連ねている。
私はあなた達を救わないが、その代わり薄汚い宗教法人のような「信じる者は救われる」という甘い言葉も囁かない。
ただ、真の姿をつきつけ、各自の意向を問うのみである。

この文を読むことで少しでも自殺や他殺の衝動などが抑えられれば、それだけでも社会の厚生は上がることになるだろうと思い、一応、書いてみた。
誠に人生とは馬鹿馬鹿しいゲームである。



*1…たとえば国の借金の問題もそうで、借金を返すためには究極的にはある程度は成長する必要がある(≒頑張る必要がある)。
  成長力が増える利息のスピードを上回っていないと借金が増え続けてしまい、破綻に向かってしまうからである。
  もちろんインフレを起こしたり税率を上げたり支出をカットしたりという対策もあるが、いずれも副作用がある。
  従って、最近、あるテレビ番組で左翼系が「成長がなくても生きていける社会に」という頭の中がお花畑のようなことを言っていたが、
  これは不可能とまでは言わないが、簡単にできることではない。
  やはり最終的には実質的な成長がカギになっているという事実は今後の経済(景気)においても変わらない。
  そういう意味では金を借りて後で増やして返すという金融の発想を採り入れて以来、人々は永遠に成長し続けなければならない状態になっている。
  成長は基本的には素晴らしいことだが、「たまには休みたい」という願望も黙殺している。
  さらに言えば過度な借金はツケを下の世代に回しているだけであり、そもそも計画性がない。

*2…因みになぜ社会を存続させる必要があるのかと言われると私も困る。それはもう「なぜ生きるのか」と聞いていることに等しいからである。
  そうなってしまうと哲学になってしまう。というわけでそこはその筋の専門家に聞いてください。
  この問題は数学でいうなら公理公準に近いもので、証明できる類のものではない。

*3…プロテスタント的な宗教倫理観などが西欧にはあると反論する啓蒙者がいるかもしれないが、それでさえ近代になって、
  人為的に創られた概念でしかないということも断っておきたい。
  さらに言えばその宗教観をすべての人が持っているわけでもないので、
  それを主張するためには、これから先、日本人がそれを持つようになる説得的な根拠を示す必要がある。
  宗教観による解決は理想論で留まっているように見える。

*4…趣旨に矛盾するが、逆にまったく社会の実態に気づかないまま、踊らされて死ぬというのも一考かもしれない。
  裸の王様として一生を終えれば、本人の中では幸せだからである。
  実は社会を存続させるためにはこのような愚か者がいる。たとえばギャンブルやFXも負ける人がいないと成立しない。
  だが、情報がすぐにネットなどで漏れ、次々にずさんな実態がリークされる今日、
  どんな愚か者でも騙され続けるのはかえって難しくなっていくのではないだろうか。

*5…たとえば将棋を指したいという人はいるかもしれないが、自分が将棋の駒になりたいという人はほとんどいない。
  いたとしても、たいていは、たとえ話か冗談であろう。
  そういう意味で、わざわざ捨て駒になる雇われは妥協の産物である。
  私は雇用者には頭が上がらない。彼らが悟って辞めてしまったら経営者は焦る。私も焦る。
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プロフィール

赤目無冠(あかめむかん)

Author:赤目無冠(あかめむかん)
アニメ・漫画、将棋・麻雀、音楽(ベース、作曲、DTM)、ギャンブル(競馬・競艇)、適当英語、思想など内容は多岐に渡る。
みなみけのHPhttp://2nd.geocities.jp/tkya42/index.htmlもよろしく。
気軽にコメントしてね。
好きな将棋棋士は森内、広瀬。
邦楽はスピッツ。

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